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| ゼセッション |
| 19世紀末、ドイツ、オーストリアで過去の様式から分離して、新しい芸術を確立しようといて興った新芸術運動。画家のクリムト、ウイーン工房の創設者ヨゼフ・ホフマンらが中心人物。 |
| 瀬戸(和) |
| 愛知県瀬戸市にある窯で、釉をかけた陶器を一貫して焼き続けている。特に古瀬戸と通称される灰柚、鉄釉の陶器は、鎌倉・室町時代に生産された唯一の釉をかけた陶器で、中国陶器に次ぐ高級品として日本全国へ供給された。 |
| セーブル窯 |
| フランスのセーブル磁器は、ブルボン王朝 ルイ15世の寵姫であったポンパドール夫人の提案で、王室御用達のヴァンセンヌ窯(1738年設立)が、1756年にパリのルーブル宮からベルサイユ宮殿に向かう途中のセーブルの地に移されたのが始まりです。 1759年にフランス王立製陶所となり、フランス革命後は国立セーブル製陶所として現在に至るまで国窯として、フランス宮廷文化の美を伝えてきました。 前身であるヴァンセンヌ窯においては、中国や日本などの磁器、マイセンなどの模倣が顕著でしたが、セーブル窯となったルイ15世の時代には、当時流行したロココ様式の影響を受け、ロココを代表する画家が原画を描いた絵皿、花器などを生み出し、フランス独自の意匠を確立していきました。 こうしてセーブルはブルボン王朝の居城、ベルサイユ宮殿を飾るための豪華な装飾が施された磁器を次々に生み出していき、他国の国王、王妃への贈り物にも用いられてきました。 セーブルの名声を高めているのは、「ローズ・ポンパドール」、「セーブルのブルー」と言われる色彩の見事さ、芸術性の高さ、華麗で繊細な金彩文様を操る高度な技術と言われています。また一般の陶磁器メーカーと異なり、王立、国立の製陶所という特殊性と最高の磁器を生産するために、生産量は現代においても限定されています。 パリ郊外の国立セーブル製陶所には、1824年、製陶所の支配人であったアレクサンドル・ブロニアールが設立した壮麗なセーブル国立陶磁器博物館が併設されています。 ここではマリー・アントワネット妃、ポンパドール夫人などブルボン王朝の貴婦人達が愛用したセーブル磁器やフランスの陶磁器の他に、収集した世界の陶磁器を見ることができます。 (福本美保さんのHPより) |
| 千利休(和) |
| 大永2年(1522)、堺の魚問屋、田中与兵衛の子として生まれ、はじめ与四郎、のち宗易と称していた。若いときから北向道陳、武野紹鴎について茶を学び、信長、ついで秀吉の茶頭となり、天下一の宗匠としてその地位を確立した。利休は新しい茶道の基礎をつくり、台子の法から小間の様式まで確立し、それが今日の茶道につながっている。利休は従来多く使われていた高価な唐物にかえて、高麗ものと呼ばれる李朝初期の雑茶碗のなかに佗茶を見出し、また楽焼をはじめ和物を盛んに用い、国焼の発展に大きな影響を及ぼしている。しかし、ついには秀吉と意があわず天正19年(1591)切腹を命ぜられている。享年70歳。 |
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